友人が自死したと聞きました

2026.08.10

ベランダの姫リンゴ
行動はエキセントリックだったけれども、どこか色づいた姫リンゴのような、そんな魂の可憐さのある人でした


数日前、共通の知り合いから、友人の自死を聞きました。
 
友人と書いたけれども、最近は疎遠になっていたし、そもそも、数度しか会ってもいないし、果たして、友人といえるものか、彼女が僕を友人と思っていたか、それはわからないけれど、ただ、単なる知り合いというには、もうちょっと繋がりがあったのではないかな、と僕は勝手に感じています。
 
彼女は僕が初めて会った頃よりずっと以前から、いつも自死に憧れを持っていて、自殺未遂の失敗を自分の表現活動の中で語ったりしていました。
 
僕は、彼女はこれからもずっと自殺をしては失敗をして、戻って来て、それをネタに表現活動をするのだろう、という何となくの予感を持っていました。
 
ですが、その予感は外れてしまったということです。
 
彼女は何かはっきりと自覚した特定の原因を理由に、その苦しみから逃れるために自死をしたいというよりは、もっと純粋な自死への憧れを普段から語っていました。
 
飛び降りだと聞いたけれども、彼女は自死出来たことで、果たして心は満たされたのでしょうか。
 
「満たされるべき心はそれが完遂された時にはもう残っていないのに」
という釈然としない気持が僕には残りました。
 
死は無になるだけで、それによって消える苦しみはあるかも知れないけれど、きっと満足は生まれないのじゃないかな?
 
もう彼女に会えないことが僕はとても寂しい。