Poko's Blog

二十年前と同じ浜辺に

2017年1月31日

あの日の朝はこの道路に高く砂が積もっていて、救急車がはまった


元恋人が、北海道から会いに来てくれて、お泊まりとディナーで誕生日を祝ってくれた。
 
が、しかし、東京駅で待ち合わせをして、向かう先がなんとなく育った地域で、
「僕、千葉育ちだから、この風景、見慣れてるんだ」
と言うと、彼女は僕が千葉育ちなのを初めて知ったといい、驚き、
「じゃあ全然新鮮でもないし、つまらないね」
とガッカリしていた。
 
そんなことにガッカリすることないのに、と僕は思ったけれども。
 
日暮れに海へ行ったけれども、その海岸も、僕が高校を怠けて時々行ったりしていた海岸で、懐かしかった。
 
ふと僕は思い出したけれども、二十年前、十六歳の誕生日の日に、僕はここにいた。
 
高校一年生の時の、十六歳の誕生日の日に、僕は始発でこの海岸に来たのだった。
 
まだ陽が昇っていなくて、真っ暗で、とても風の強い日で、ひたすらに黒い海には魔物が住んでいそうで、本当に怖かった。
 
すると、ふと、人くらいの塊が海岸に転がっていて、ドキリとしたけど、近づいてよく見てみると、人だった。
 
二十代くらいの女の人で、近くに酒瓶が落ちていた。
 
僕は話し掛けてみたけれど、息はあっても意識は戻らなかった。
 
寒く風の強い日で、彼女の風上側には砂が積もっていた。
 
当時は携帯電話はまだ大人が持ち始めたくらいの頃で、僕は持っていなかったから、公衆電話のあるところまで走ったけれども、あんなに砂浜の砂に深く足を取られる感じがしたのは、後にも先にもあの時だけ。
 
119番に電話を掛けたのも僕は始めてだった。
 
救急車が来るまでの間に僕は一旦、彼女のそばに戻った。
 
僕は一枚だけ、彼女が砂浜に倒れている写真を、遠くから撮った。
 
救急車は砂浜沿いの道路に入って来たけれど、砂にタイヤを取られて動けなくなった。
 
そして少しすると、四輪駆動の屈強な救急車がやって来て、なんなく砂地を走って来た。
 
女性は手当をされ、命に別条は無いと救急隊員から説明を受けた。
 
「どういうご関係ですか?」
と聞かれたから、通りすがりですと答えると、名前も住所も連絡先も何も聞かれず、
「ありがとうございました」
と言われて終わった。
 
犯罪性とか事件性とか、そういうものを疑われたり一切しないのだな、となんだか拍子抜けした。
 
僕は彼女がその後どうなったのかは知らないし、彼女も一体何者が救急車を呼んだのか、今も謎のままだろう。
 
というか、謎のままに決まっている。
 
それは僕なんだけれどね。
 
僕は高校の写真部だったので、この時に遠くから撮った彼女の写真を、学校の廊下で展示した。
 
「砂浜に行ったら女性が倒れていたので救急車を呼んだ」みたいな状況説明のキャプションを、確かつけた。
 
その写真の展示は、先生に怒られたり問題になったりすることは何も無かった。
 
「こんな時に写真なんか撮って不謹慎だ!」
みたいなことも言われなかった。
 
顔とかも写っていなかったし、何かが生々しい訳でも無かったし、なんだか現実と架空の狭間のような、不思議な写真でしかなかったからだろうと思う。
 
でも今から思うと、見て戸惑いを感じた人は結構いたかも知れないな。
 
僕は彼女の履いていたモスグリーンのタイツの色を、今でもよく覚えている。