育ての母が亡くなりました
2026.06.03
亡くなった直後の祖母の手
2026年6月2日19時7分、僕の育ての母とも言える、父方の祖母が亡くなりました。
苦しみもせず、老衰に近い形で、とても静かに息を引き取りました。
この日は朝、Aちゃんに「新潟におにぎりを食べに行こう」と誘われ、早朝から高速バスに乗りました。
乗った直後に、叔母からおばあさんの具合が良くないとの連絡が入り、また、恋人に任せきりだったこの旅の旅程が日帰りでなく泊まりであることも知り、僕はとても元気が無くなりました。
僕は「おにぎりを食べる」旅が高速バスでの車中泊も含めた一泊三日だとは思ってもいなかったのです。
旅程をやめて帰るべきか。
ただ、今年の3月に亡くなった父の時の、危篤と連絡を受け病院へ駆けつけるも持ち直し、その繰り返しで疲弊した直近の記憶もあり、慌てすぎるのも身がもたないという予感もあり、呑気に旅をこなすか、とても悩みました。
ただ、Aちゃんの助言もあり、目的地へ着く前に新幹線の駅のある停留所で降り、二人で東京へ向かう新幹線に乗りました。
僕は落ち着かず、お弁当を二つとカワハギの味醂干しを食べました。
嫌な顔のひとつもせずに引き返すことを勧めてくれたAちゃんには、感心と感謝を感じました。
実に人間が出来ています。
さて、病院に着くと、祖母はもう意識が無かったけれども、手を握ったり、頭を撫でたりしながら、耳元で、僕を育ててくれた感謝を伝えると、二度ほど、言葉にならない声を漏らしました。
おばあさんは昭和2年生まれの98歳でした。
孫を5人育てたけれど、
「いっちゃんが一番可愛いいし一番心配だった」
と公言して憚りませんでした。
祖母は、母から可愛がられない僕を間近で見ていて、僕を哀れに感じていたのではないかな。
おばあさんは亡くなったけれども、素晴らしい人生を全うしたのは誰にも疑いようがなく、どことなく清々しい、爽やかなものを僕は感じました。